[最近常々思うこと.その2]
東京と埼玉でSE構法+省エネ住宅を建てるアーキ・モーダ

代表の鈴木です。

最近常々思うことの第2回目です。

前回は、この住宅産業が他の産業に比べていかに特異な産業かを、私の私感で述べさせて頂きました。

東京と埼玉でSE構法+省エネ住宅を建てるアーキ・モーダ[最近常々想うこと.その1]


この特異さがもたらしている弊害について考えてみたいというのが今回のブログのテーマです。

前回のブログで、この業種は「統一の優れた技術や施工精度が蓄積されにくい業種」であると言わせていただきました。

蓄積されてきた定説

しかしこの長い建築の歴史の中で、「普遍的な定説」のようなものは多く存在しています。
例えば、「こんなことしたら家が弱くなるぞ〜」とか、「こんな納まりだと雨漏りするぞ〜」とかいう類のものです。
他の産業のように、コンピューターで緻密に計算されたわけでもなく、科学的な見解があるわけでもありませんが、多くの作り手が、過去の経験や失敗、先人の教えなどを見て、聞いて、試して導き出してきた定説です。
この業界に身を置く実務者ならば、聞いたことがある話は1つや2つではないはずです。
20年ほど前までは、確かにこの定説が現場実務者の建築に対する考え方の基準になっていたことは間違いないと思います。
しかし、それから20年の間にだいぶ環境が変わってきました。

工務店から設計事務所へ

年々建築の法規が複雑になり、国からの技術的な指針が世に多く溢れ出てくる環境についていけない一部の棟梁や工務店による悪意を持った施工が、多々社会問題として話題に上がり始めました。
そしてこうした状況を監視する意味や目的を持って、建築士という資格を持った設計事務所や建築家が監理するという需要が高まってきたと同時に、家づくりの頭に立つ立場の実務者が、長く現場を支配してきた棟梁や工務店から、設計事務所や建築家と言われる人たちに取って変わってきたのです。

インターネットが変えた住宅産業

また、インターネットの普及が消費行動の変化をもたらしました。人の紹介や口コミによるコミュニティーが土俵であった家づくりのスタートが、インターネットによる検索で、パソコンの画面に現れる様々な情報や、まるでアートのようにビジュアル化された施工例の画像から、家を目で見て選択する時代に変わってきたように思います。
当時、日常パソコンとは無縁の世界で生きてきた棟梁や工務店は、自分たちの仕事をビジュアル的に表現し宣伝することができず、どんどん建て主との直接的な繋がりが薄れていきました。方やデザインだけに特化した一部の設計事務所や建築家は、TVや建築雑誌の中でビジュアル的表現によって知名度を高め、家づくりの主導権を握っていくことになります。主導権を握り始めた設計事務所や建築家は、そこからお互いの激しい競争が始まります。視覚的に魅せる手法で競争に勝ち続けるために、今までに見たことのないような、「驚きのデザイン」「奇抜なデザイン」「カッコいいデザイン」でHPの施工例や建築雑誌の紙面を賑せていきます。見る人は心踊り、こんなカッコいい家に住みたい!という憧れを持ち、そしてまた建築家たちはその期待に答え続けるために、様々なデザインの引き出しを開け続けます。

いつからか家はアートや芸術品の一つような存在になってしまいました。その結果、建築業界に長く続いていた「普遍的な定説」が、
デザインだけに特化した一部の設計事務所や建築家によって崩されていったのです。
この流れは、設計事務所・建築家 > 工務店という主従関係を作り出し、設計事務所・建築家主導の家づくりが徐々に業界を席巻し始めます。

デザイン特化がもたらす弊害

意匠デザインだけに特化した設計が増えてきた結果、世の中には作り手から見たら、にわか信じがたい家が散見されるようにもなってきました。
築後数年で雨漏り、外壁の劣化が著しい、夏は暑くて冬は寒い、間取りが使いづらい・・・「デザイナーズ」と表現された建物の行く末です。(もちろん全てではありませんが…)
ここ数年でこのような状況をよく目にするように、よく聞くようになってきました。およそ20年前の家づくりではここまでの状況は無かったように思います。
本来はRC造で実現されるべきデザインが、こぞって木造で作られてしまってます。木造はRC造に比べ加工性がよく値段も安いため、デザインだけに特化した一部の設計事務所や建築家によってあるまじき建物が世の中に増えてきてしまっている現状があるのです。

建物のデザイン化を進めて行くと、時として建物の安全性や耐久性と相反する問題に直面します。

ただ、優良な設計事務所や建築家、そして工務店たちは、それでもより良い納まりを考えて、よりbetter(ベター)な施工を心掛けてます。聞こえはいいですが、そうbest(ベスト)ではなくbetter(ベター)なんです。設計事務所や建築家と工務店がお互い少しづつ妥協しあってbetter(ベター)なんです。

本来家づくりは、家という商品は、本当はbest(ベスト)であるべきだと思いませんか!?

このように、人間の意識、能力に大きく影響される業種、業界はやはり進化の度合いが遅くなってしまうのでしょうか?

優良な設計事務所や建築家、そして優良な工務店で家を建てなければ、未だに悪しき建物をつかまされてしまう危険性があるこの産業はやはり特異な産業と言わざるを得ない。
これだけ高額な商品なのに!
ハウスメーカーなら安全なのか? 優良な設計事務所や建築家はどこにいるのか? 優良な工務店はどこにいるのか?
この答えをいまだに家を建てる人が探さなければばらないこの産業構造が、そもそもおかしいのではないか・・・
最近こんなことをよく考えてます。

私なりに解決策が頭に浮かんでいるわけではありません。
ただ、もう少しで届きそうな少し先の未来に希望の光が見えているようにも感じてます。
いずれアーキ・モーダで具現化していきたいと大きな野望を考える今日この頃です。

最後までお付き合いいただいた方、本当にありがとうございます!
反論も多々あるかと思いますが、受け付けません!(笑 
打たれ弱いので・・・(笑笑
次回からは、もう少しライトな内容で気楽に投稿します!
それではまた。

2017年10月21日